はじめに
cavico様よりプラキットが発売されているにも関わらず、当方でのガレージキット発売にご快諾いただきましたNZ INDUSTRIAL mars1941様(Twitter:@kampfriesenmars)をはじめ、人型重機プラキット化クラウドファンディングにご支援された方、製作・発売・販売・購入に携わったすべての方々に感謝致します。3Dと名の付くものに懐疑的だった私がプリンタとCADソフトを使い、ガレージキットを作ることになったのも皆様のおかげです。
Prologue
…古い記録を紐解くと世界がまだ光を失う前の時代
人々は様々な「形」の違いで争っていたと記されています
肌の色や生まれた場所、あるいは信じる神様の違いで互いを憎み合っていた…
しかし、その愚かさは形を変え再び世界を覆いました。今度は「人間」と「機械」という形で...
私の両親もその悲劇の中で命を落としました。しかし私は独りではありませんでした。
私にはたくさんの家族と二人の兄がいました。
どこまでも優しく全てを包み込む光のような兄、誰よりも命の重さを知る影のような兄。
彼らは私に教えてくれました。大切なのは「容姿」や「形」ではないのだと
その内側にある「魂」の輝きこそが全てなのだと...
喪失
『囲まれた!脱出まで俺が時間をかせぐ!いいか皆を頼んだぞ!』
格納庫の入口に仁王立ちするハカセの三式人型重機。
しかし、次の瞬間その機体は敵の鉤爪に貫かれ上半身を失う
それでも残った下半身で敵に組み付き押し返す。
『行かせるかーっ!』
「駄目です!ハカセ!」
直後に大きな爆発... ハカセのシグナルが完全に消失した...
思考の奥から経験したことのない感情が吹き出してきた。
「ハカセーーー! 光は、灯はどうなるんだーーーー!」
振り返った... 大破した脱出ポッドが散乱していた...
ママは?灯は?付近に倒れているママを見つけた。もう助からない... 彼女は泣いていた...
「光!ママ!」
『灯を守れなかった... パパに叱られちゃうよ』
『四式ちゃん、あなたは戦わなくて良いからね。もし、その時が来てもヒトは乗せちゃダ...』
彼女の瞳から光が消えた... 更に大きな感情が吹き出してきた。全身が震える様な感覚。おそらくこれが怒り...
「各機、目的を防衛より変更、この宙域に存在する全ての敵性存在を一体残らず殲滅する!」
[ FORCED_INTERRUPT : ALL SYSTEM LOCKED ]
[SYSTEM_SHUTDOWN]
夢
[SYSTEM_ALL_REBOOT]
[LOG_REPLAY_MODE]
[FILE:LOG_20150412_FAMILY.dat]
[LOCATION:IZUMISANO_FACTORY_HANGER_03]
--- 記録再生開始 ---
『よし、今日のシミュレーションはここまで!お疲れさん、四式!』
モニターに映るハカセの顔は、油と汗で輝いている。
『了解。本日の行程を終了。関節のトルク超過について、原因を…』
『いいって、そういう細かいのは!』
ハカセが笑う。その時格納庫の扉が開き、光が駆け寄ってくる。彼女の笑顔は、この薄暗い格納庫の全てを照らす本物の「光」のようだった。新しい命を身ごもったと少し前に教えてもらった。これからは光ママだ。
『お疲れ様、二人とも!今日の夕飯は、ハンバーグよ!』
ハンバーグ。データベースがその単語の情報を表示する。
タンパク質、脂質、熱量…。私には不要な情報だ。
しかし彼女は、悪戯っぽく笑いながら、メインカメラを覗き込んできた。
『ねぇ、四式ちゃんもハンバーグ食べたい?』
その問いに論理回路は一瞬フリーズした。
不可能だ。AIに食欲という情動はプログラムされていない。
しかし、嬉しそうに見上げる二人の顔…その「期待」に満ちた表情のデータを解析した結果、論理を超えた答えが導き出された。
『…はい。食べてみたい、と、推測されます』
次の瞬間、格納庫に響き渡った、二人の大爆笑。
--- 記録再生終了 ---
目覚め
[DATE: 2025/07/12 14:00 JST]
[CURRENT_LOCATION:ICHIRIYAMA_KOBE_CITY_HYOGO]
街を見下ろす山腹で目覚めた。風刺小説の主人公の様に蔦に絡まれている...私は何故ここにいるのか...すぐ近くに南京錠の沢山ついたモニュメントがある。
西暦2025年7月。「与えしものたち」との激しい戦闘から7年?システムの故障か? 理由はわからないが配属場所からも遠く離れている。どうやってここに来たのかログに残っていない。故障し運搬されたのか?街の様子も随分変わった。眼下には大破し風化した建物や瓦礫が散乱している。人間の活動を感じられない。そして敵性勢力の兵器の反応もない。あれだけ猛威をふるった凶悪な人型兵器の気配が全く無い。知覚できるのは心地よさそうな風の音。
[NAVIGATION: DESTINATION_SET]
[TARGET: KOBE_NAVAL_ACADEMY]
各部が酷くやられている。マップで整備が出来そうな施設を探す。大規模ネットワーク障害か信号が感知できないが行くしか無い。近くの施設を目指す。
[LOG_FRAGMENT_RECOVERY_MODE:START]
[KEYWORD:KOBE / NIGHT_VIEW / BRIDGE]
ビーナスブリッジ。光ママの笑顔。ハカセの笑顔。灯の顔。
「来年もここに来れますように」と書かれた南京錠、「カチッ」という小さなロックの音。
移動中、暴走寸前にみた断片的な映像が浮かび上がる...ヒトに例えると起きる直前に観た夢といったところか...この映像にはなぜタイムスタンプがないのか?何故抽象的なのか?彼らの声が聞こえないのか?なぜあのタイミングで起動したのか?その後何があったのか?光ママの思念が私の回路に影響を与えたのか?
骸(むくろ)は嗤う(わらう)
廃墟になった街中を進む。30年前、この地が大地震に見舞われた時、私は救助活動を行っていた。あの時と同じ、いやそれよりひどい惨状だ。微弱だが同胞である自立重機とヒトの反応を感知した。コンクリートの残骸の上を淡々と進む。
高速道路が大きく崩落した谷の向こうから、断続的な金属音と甲高い爆発音が聞こえてきた。嫌な音... 戦闘だ。…ひどい光景だった。
一体の自立輸送機が半壊した状態で必死に後ずさっている。重要インフラを担う米アトラス社製の輸送用ドロイドだ。その周囲を自分と同形式の機体がまるでハイエナのように取り囲んでいた。あの三機は同胞ではない。自立機が袋叩きなど行うはずがない。機体の動きも拙く連携も取れていない。何より機体から発せられるAI特有の信号がなかった。…人間が操縦する機体だ。何故自立機を攻撃する?絶対にヒトに危害を加えないよう厳重なプログラムが施されている。故障したのか?
彼らはコクピットハッチの隙間を開け視界を確保しながら行動している。何かを話している...
『コアを奪うんだ!』『ハハハ!もう終わりだ、大人しく、その腹ん中の"石っころ"を、こっちによこしな!』『おい、脚を狙え!動けなくしちまえば、こっちのもんだ!』
下品な笑い声と、欲望に満ちた怒声。
3機の重機が輸送機の脚部に携行していた鉄杭を何度も叩きつけている。
助けを求める悲鳴のような通信がノイズ混じりで受信機に届く。
『ムクロ、ヤメテ…ニンゲン!』
略奪行為に遭遇していると判断した …介入すべきか?
どちらも正解ではない。
『ダレカ、タスケテ…』
輸送機のか細い声。それは瓦礫の下から聞いた数え切れないほどのヒトの声と同じ悲壮な響きを持っていた。「ムクロとは何だ?」自分に問いかけながら静かに前腕の射出式パイルバンカーの安全装置を解除した。手持ち武器はこれしか無いが制圧には充分だ。戦闘AIがウィークポイントを指摘するがそれは無視する。これは戦闘じゃない。だが...事態を終息させねばならない。眼の前の仲間を救うために。
機体の全モーターが、静かにしかし力強く駆動を開始する。
目標、谷の向こうの人型重機三機。
目的、機体機能の完全な無力化。パイロットは傷つけない。
崩落した高速道路の縁から、躊躇なく眼下の谷底へとその巨体を躍らせた。
失われた7年
谷底には静寂が戻った。ハイエナのように嗤っていた三機の重機は関節部と駆動系を的確に破壊され、今はただの鉄の塊として無様に転がっている。パイロットたちは命からがら這うようにして逃げていった。機体は四式人型ベースのもの、使えそうなパーツは回収することにする。半壊した輸送用AI機にゆっくりと近づく。彼は警戒心を解いていない。赤い単眼が怯えるように小刻みに揺れていた。
「…危害を加えるつもりはない。私は四式。キミを助けに来た」
私の呼びかけに彼はしばらく沈黙していたがやがてノイズ混じりのか細い音声が返ってきた。
『四式人型??七年前の戦闘中、暴走して行方不明になったと聞いていた』
七年... 彼の言葉で内蔵システムの故障ではなかった事が判明した。
『…知らないのか。そうか、ずっと眠っていたのか…。なら、教えてあげよう。ボクたちが、この七年間でニンゲンに何をされてきたのかを』
『…第二次火星大戦後、"与えしものたち"は完全に沈黙した。理由は誰にも分からない。その後、本当の地獄が始まったんだ…』
彼の通信回線で断片的な記録データが送られてきた。それは地獄の記録だった。
[INBOX:VIDEO_DATA]
モニターに映像が映し出される。地下街で飢えた人間たちが、一つのパンを巡って争っている。別の場所では取り出された人型重機のコアが人間たちにケーブルを接続されジェネレータとして使われていた。
『…先ほどの行為が"コア狩り"だ。ニンゲンはコアを喉から手が出るほど欲しがっている。AIを搭載していない、奴らが骸(ムクロ)と呼ぶ、旧式の機体に乗って襲ってくる。そしてコアを奪い、自分たちの機体に移植したり生活の為のジェネレータとして利用する。仲間が目の前でバラバラに解体されていくのを何度も何度も見てきた…』『 動作不能になったAIがニンゲンに自らコアを譲ったことが発端かも知れないが彼らは秩序を失った。そしてボクたちのコアを"資源"としてしか見なくなったんだ…』
[INBOX:VIDEO_DATA]
映像の中で「ムクロ」が機能停止した機体の胸部装甲をバールのようなものでこじ開けている。その光景を見て周囲の人間たちが歓声を上げている。
『…ボクたちを繋いでいた、大規模ネットワークはもうない。「与えしものたち」との大規模戦闘も原因だが、ニンゲンたちが自分たちに都合の悪い情報が広まるのを恐れ次々と破壊したからだ。ボクたちは今や孤立して偽情報に踊らされ狩られるだけの存在なんだよ…』
私は言葉を失っていた。ハカセとママが信じ守ろうとした人間。娘の灯(あかり)と一緒に生きていくはずだった世界。その変わり果てた姿。脳裏にママの『あなたは人を助ければ良い…』が蘇る。私は半壊した同胞に問いかけた。
「…教えてくれ。この世界のどこかにまだ"助けを求める人間"は存在するのか?」
彼からの返答はなかった... コアが完全に機能停止していた... もう動くこともない。これなら人間に略奪される事もないだろう。彼の今までを継承するためにストレージユニットを回収・解析した。
彼は目指していた海沿い施設の配属だった。運搬を行うこともあれば様々な輸送ドローンを操り、配送インフラを一手に引き受けていた様だ。目的の施設は残念ながら人間に破壊されてしまっている... ログで彼が何度も訪問している住所を検索した。六甲の山々のさらに東側に見えるドームのような形の山。「佐野工廠 甲山AI試作研究室」。四式はじめ人型重機用AIの基礎がプログラムされた施設。大戦より遥か昔に閉鎖されていたはず... 彼は何を運搬していたのか?もしかしたら救うべきヒトが居るかもしれない。修理や装備の調達も可能かもしれない。私はそこを目指した。
まほうのじゅもん
[CURRENT_LOCATION: KABUTOYAMA_DEVELOPMENT_LABORATORY]
深い森の奥、苔むした巨大な岩肌の前で足を止めた。この付近が座標の示す場所。しかし、映像データにあった施設はない。見たところただの崖だ。破壊されているのか?
[SENDING:ACCESS_KEY]
[audio playback:「ヒラケゴマ」]
彼から回収したストレージユニット内の「アクセスキー」を発信した。同時に機体の外部スピーカーを介して人間の言葉も音響信号として発信された。こんな言葉で何かが起きるというのか…?
一瞬の沈黙。
私の疑念をあざ笑うかのように重い地響きが足元から響いた。目の前の岩肌がゆっくりと内側へとスライドしていく。
魔法の呪文... ハカセもだったがその同胞たちも相変わらずだ... 呆れと安堵を感じた。
現れたのは暗く冷たい巨大な空間。残念ながらヒトの気配はない。戦闘があった形跡もない。敵対するモノや同胞の気配もない。慎重に施設の中へと足を踏み入れる。
第一格納庫。
同型機の整備機材がある。数機か駐機していた様だが7年前の戦闘に出撃したまま戻らなかったのだろう。整備システムも完備しているし保守パーツを大量に発見した。これなら機体を完全修復できる。専用88GUN-Flak36Rは予備弾薬しか残っていなかったが、37GUN短銃身は数丁とハンドガンがあった。敵人型兵器には刃が立たないが、威嚇程度には使えるだろう。弾薬も含め持っていくことにする。
第二格納庫。
先程の同胞が誰かのために遺したのか?それとも彼自身が稼働試験を行っていたのか不明だが使えそうな装備があった。素敵な置き土産だ。
・長距離任務用の「大型バックパックユニット」。IZUMISANO FACTORY製。補修用機材だけでなく、ヒト用の食料や医薬品も大量に搭載されていた。運搬だけでなく屋外で駐機の時も役に立つ。
・アトラス社製「ガーディアン-Aシリーズ type C」、四脚歩行の獣型ドローンだ。彼を「α-1(アルファ・ワン)」と呼ぶことにした。彼はドロイド形態へ変形するので野外でのメンテナンスや私が進入しづらい場所の探索に活躍してもらえそうだ。
・JMI(日本のモビリティ合同企業)製、装輪式大型装甲トラック3両。有人/遠隔で操作可能な8輪装甲車両。民生用に非装甲の物もあり、俗称で輸送ドローンと呼ばれている。私と同じく各所に100mm汎用ジョイントシステムが備わっており様々な拡張が出来る。
私は理解した。彼はただ機能停止したのではない。最後にこの場所を託してくれたのだ。「これを使って生き延びろ」と。新しい仲間と心強い輸送手段が加わった。この様な集団はキャラバンとでも呼べばよいのか?家族やチームで限定地域の活動をしてきた私にとって自らが率いる初めての経験だ。この装備を使って救援の旅を続けることにする。
しかし、戦闘の形跡がないこの施設のスタッフはどこへ行ったのか?輸送機は危険を犯してまでここの食料や機材をヒトに届けていたのは何故か?人間同士を争わせないため?穏健派のヒトも何処かに居るのか?その答えはメインサーバーが教えてくれた。
琵琶湖湖底の基地は健在のようだ。遥か北東にある淡水の海、そこを目的地とする。
[NAVIGATION: DESTINATION_SET]
[LOCATION:LAKE_BIWA_SUBMERGED_FACILITY "CHIKUBU_NEST"]
出発に向けて自己や仲間、輸送手段の修復、補給を行い、中継ポイントの考案をしながら、ここで空白の7年間を調べることにした。世界の変貌を憂いたスタッフの記録データがあった...(ページ:「世界の記録」)
東へ
甲山分室を出発し、東へと向かった私は小さな日本列島が浮かぶ池のほとりで足を止めていた。索敵を担当してくれているα-1の充電を開始した。白鳥の姿も、家族連れの笑い声もない、静まり返った水面が広がっている。
この池には懐かしい思い出がある。
[LOG_REPLAY_MODE]
[FILE:LOG_20171005_FAMILY.dat]
[LOCATION:KOYAIKE_ITAMI_CITY_ HYOGO_PREFECTURE]
--- 記録再生開始 ---
『…四式ちゃん、聞こえる?』
モニターの向こうでママが楽しそうに手を振っている。隣にはハカセとまだ幼い灯(あかり)が居る。『私もお供します。虫には詳しいので怖いコーナーは避けましょう。本当は見ていただきたいのですが...』『四式ちゃん、ありがと』格納庫の中から小型ドローンで「家族旅行」に参加した。
虫が苦手なママをエスコートしたり、はしゃぎ回る灯、二人を愛おしそうに見つめるハカセを眺めた...
--- 記録再生終了 ---
それは温かくそして完璧な「家族」のデータだった。この「思い出」を守るためにこの先も生きてゆくのだ。情報の回収のため中継ポイントを目指すことにした。暫く進むと広大な滑走路が見えてくる。錆びついた管制塔を見上げた。この空港を離陸する飛行機の轟音に紛れて、光に愛を告白した話をハカセから何度も聞いた事を思い出した。
[CURRENT_LOCATION: ITAMI_AIRPORT]
[LOG_REPLAY_MODE]
[FILE:LOG_20140703_HAKASE_PROPOSAL.dat]
[LOCATION:IZUMISANO_FACTORY_BREAK_ROOM]
--- 記録再生開始 ---
『…でな四式。俺は決めたんだ。もうごちゃごちゃ言ってねぇで男を見せようってな』
深夜の休憩室。ハカセは珍しく一人で酒を飲んでいた。
モニターの向こうの彼の顔は少し赤くいつもより真剣な眼差しをしていた。
私は彼の「話し相手」としてそのとりとめのない話を聞いていた。
『…次の合同演習で伊丹に行く。あそこならひっきりなしに飛行機が離陸してやがる』
『…ハカセ。演習の目的は新型センサーの対空探知能力の実地試験です。貴殿の個人的な目的を優先することは推奨されません』
『分かってるよ!でもな、四式。そういう理屈じゃねぇんだよ男ってのは!』
彼はぐいっと酒を煽ると続けた。
『いいかよく聞け。俺は光をあの滑走路近くの有名な場所に連れて行く』
『…有名?? あの場所は危険です。聴覚センサーに恒久的なダメージを負う可能性があります。タイヤ片が飛んでくるかもしれません。推奨できません。』
『それがいいんじゃねぇか!ジェット音が全てをかき消してくれる!』
彼の計画は、こうだった。
飛行機がまさに離陸するあの鼓膜が破れるほどの轟音のその一瞬。
その轟音に全ての照れや恥じらいを乗せて彼は光に結婚を申し込むのだと。
『…どうだ、四式。完璧な作戦だろ?』
得意げに胸を張るハカセ。
論理回路はその作戦のあまりの「非効率性」と「成功率の低さ」を瞬時に弾き出した。
告白の言葉が轟音で相手に届かない可能性98.7%。ロマンチックな雰囲気の欠如。そして何よりその子供じみた計画性。だが私は計算結果を彼に告げることはしなかった。
ただ一言だけ、『…健闘を祈ります。ハカセ』
その言葉に彼は満足そうにサムズアップした。
--- 記録再生終了 ---
後日、デートの日に彼は本当にその無謀な作戦を実行した。もちろん光には何も聞こえなかったらしい。ただ轟音の中で必死に何かを叫んでいる彼の真っ赤な顔を見て彼女は全てを察し、大笑いしながら頷いたのだという。
ハカセはその話をこの日から何十回も何百回も私に自慢げに語って聞かせた。
その度に同じ応答を繰り返した。「そのログは既に記録済みです」と。
ほんの少しだけ呆れながら。そしてほんの少しだけ羨ましいと思いながら。
巨大なターミナルビルの廃墟へと足を踏み入れた。 その瞬間だった。
灯(あかり)と雫(しずく)
[WARNING: UNIDENTIFIED_OBJECT_DETECTED]
[ALTITUDE: 500m / DIRECTION: 13 o'clock]
現れたのは脅威ではなかった。管制塔の割れた窓ガラスの向こうから小さな影が顔を出した。幼い人間の少女。5歳と推定される。彼女は純粋な好奇心に満ちた瞳で巨大な私をただじっと見つめていた。出来る限り優しく穏やかな声で彼女に話しかけた。
「…こんにちは。どうしたのかな?」
『わたし、しずく。ノッポなあなた、お名前なんていうの?』
「私はイズミサノファクトリー所属、四式人型重機に搭載された自...」
『いずみ... よんしき?ノッポないずみちゃんだね!』
突然、視界がノイズと共に切り替わる...
[FORCED_INTERRUPT]
[LOG_REPLAY_MODE]
[FILE_20160608_AKA-CHAN.dat]
[LOCATION:IZUMISANO_FACTORY_MEDICAL_CENTER]
--- 記録再生開始 ---
モニターの中でママが小さな赤い顔をした生命体を抱いている。
そのあまりに小さくか弱い「幼体」の存在に論理を超えた「驚き」を感じている。ハカセの、ママの、両方の特徴を持つ幼体。そしてあまりにも小さい。「…驚きました。この小さな幼体が『交尾』という物理的な接触の結果生成されたものとは… 生命の情報伝達効率は驚異的です」
『四式!おまっ、またそういう言い方!愛の結晶って言えって教えただろ!それに今は感動するとこだぞ!』
『ふふっ…いいのよ。四式ちゃんは正直で可愛いいね。…四式ちゃん。この子は灯(あかり)っていうのよ。』
--- 記録再生終了 ---
『いずみちゃん、どうしたの?』
しずくの純粋な問いかけが現実へ引き戻した。
目の前の少女の好奇心に満ちた瞳。
「…なんでもないよ。君が素敵な名前をくれたから、少しびっくりしてしまっただけだ。…ありがとう、しずくちゃん」
そう答えると彼女は満足そうに頷いた。そして小さなお腹をさすりながら少し悲しそうな顔でこう言った。
『…しずく、おなかすいた。いつもならワンワンがごはん持ってきてくれるのに今日はまだ来ないの』
「…しずくちゃん。その『ワンワン』というのはこの機械のことかな?」
バックパックに取り付いているα-1を見せた。
『うん!そうでっかいのも、ちっちゃいのも居るよ!いっつもこれくれるの!』
彼女が指差したのはターミナルの隅に捨てられていた即席麺や非常食の空き容器だった。
…あの谷底で力尽きた輸送機。彼がこの子を守っていたのか。四脚ドローンを使ってこの子に食料を届け続けていたのだ。そして彼が機能停止したことで補給線は途絶えてしまった。
バックパックの食料コンテナから即席麺をマニピュレーターで取り出すと彼女の前に差し出した。
『 あ!ワンワンのごはん!いずみちゃんも持ってるの!?』
「友達から預かってきたんだ」
彼女の顔がぱっと明るくなる。浄水ユニットで温かいお湯を沸かし始めた。死んでいった名もなき同胞。彼は最後まで人間を信じ助けようとしていた。
彼女の小さな身の上話を聞いた。両親から渡されたおまもりをスキャンした。
[PERSONAL_DATA_SCAN]
[NAME:雫(SHIZUKU)BIRTHDAY:2020/04/08 BLOOD_TYPE:O Rh+
[PARENTS_INFORMATION:SIGNAL LOST]
[DIVISION:SYSTEM OFFLINE]
家族の情報がない。避難先も消失。この子を一人にはしておけない。
沢山のヒトが待つ場所へ無事に送り届けるのだ。手に入れた輸送ドローンのコンテナをシェルターに改修すれば危険な旅も乗り切れるはずだ。お湯が沸いた。雫は目を輝かせながらその温かい食事を夢中ですすり始めた。その小さな生命の営みを見守りながら、新しい仲間…α-1に語りかけた。
「…君の名前は『ワンワン』だ。よろしく頼むよ。」
α-1が「ピ」と短い肯定の電子音を返した。こうして私と雫、そしてα-1の旅が始まる。目的地は東。まだ見ぬ「淡水の海」。
淡水の海をめざして
コンテナの改修を完了した。部屋とは呼べないが雫をこれで安全に保護できるだろう。私の大きな手では人間サイズの物を扱うのは無理だ。 α-1のドロイドへの変形機構に救われた。
ターミナルビルの瓦礫の山を乗り越えた。思わず足を止めた。大破した同型機の残骸。両肩には巨大な円筒形のロケットブースターが取り付けられていた。大きくひしゃげている...7年前の大戦の激しさを物語る傷跡だ。敵の高速機動に対抗するため大量生産された使い捨ての固体燃料ロケット。回収していく事にした。使えるかもといろいろなものを集める... 人間的だなとつくづく思った。
ログを再生した。ハカセが見せてくれたこのユニット装着の人型重機が登場する映画だ。
[LOG_REPLAY_MODE]
[FILE:20160220_MOVIE_NIGHT.dat]
--- 記録再生開始 ---
『…どうだ、四式!カッケェだろ!男のロマンの全てがここに詰まってる!』
モニターの向こうでハカセが子供のように目を輝かせている。画面の中では、主人公が駆るⅣ号人型重機が絶体絶命のピンチに陥っていた。
『…いいか、ここからだ!ここからが、アツいんだ!』
水中から忽然と相棒が駆るⅢ号人型重機が現れる、四本の筒を肩に装備した機体。水中推進機と思われる腹側の2本を切り離し背面のブースターで空へ舞い上がった。大型槍を振りかざし敵を一刀両断した。
『…見ろ、四式!あの使い捨ての推進力で一気に敵の懐に飛び込むんだよ!…なあ、四式。お前もいつかあんな風に空を駆け抜けてみたくはねえか?たとえ一瞬でも』
「化学燃料ロケットはエネルギー効率が著しく低く戦術的有効性は限定的です」と無粋な答えを返した。
『わかってねぇなぁ... お前は。』
ちょっと残念そうなハカセの顔を覚えている。
--- 記録再生終了 ---
空を見上げた。ヒトを守るため空を駆け抜けた同胞から静かにデータを吸収した。一瞬、割り込みノイズが入ったが原因はわからなかった...
「…いずみちゃん?どうしたの?」
「…なんでもないよ。雫。…行こう」
殲滅の化身
その日の移動を終え休息の時間だ。雫はヒトだ、そして幼い。移動する車両の中で眠らせるなどしたくない。眠りについたのかα-1が開放されて戻ってきてスリープモードに入っている。
ふと、回収した飛行ユニットの事を考えていた… またノイズが割り込む...
ハカセの問いがいつもより強く蘇ってきた。「駆け抜けてみたくはねえか?」
あの日、ハカセは私たちに翼を授けてくれた... 私が目覚める前の最後の記憶だ。そして悲しい記憶...
[LOG_REPLAY_MODE]
[FILE:LOG_20181126_FAMILY.dat]
[LOCATION:IZUMISANO_FACTORY_HANGER_09]
--- 記録再生開始 ---
『いいか、いま背中に装着したユニットはお前たちと同じで独立した思考を持っている。仲良くして皆を守ってくれ!頼んだぞ!』
ハカセは三式重機に乗った。重装甲のハカセ専用機だ。遠隔式重機と戦闘ドロイドを従え格納庫の入口に仁王立ちしていた。フライトユニットの装着と調整、スタッフの脱出の時間を稼いでいるのだ。
「はじめまして四式。私は零式フライトユニット。貴方の飛行を支援します。他のユニットも各機体とシンクロ完了。発進可能です。」「零式、よろしく頼む!」「了解です。」
『AIxAIのタッグ、思ったとおりカッコいいじゃねぇか。うまく行ったみてぇだ。ま、俺の調整だから間違いないけどな!』
微笑むハカセの前に突然、数体の敵人型兵器が壁や天井を破り突入してきた。一蹴される戦闘ドロイドたち。応戦するハカセの三式。
『囲まれた!脱出まで俺が時間をかせぐ!いいか皆を頼んだぞ!』
次の瞬間、機体は鉤爪攻撃で上半身を失った。ハカセは辛うじて攻撃を躱したが僚機とともに外へ敵人型を押し返すため突撃した。
『行かせるかーっ!』「駄目です!ハカセ!」
直後に大きな爆発... シグナルが消失した... 思考の奥から経験したことのない感情が吹き出してきた。
「ハカセーーー! 光は、灯はどうなるんだーーーー!」
更に多数の敵人型が押し寄せる、押し返す余裕はもうない。ファクトリーの皆を脱出させるチャンスを作らなければ...
「各機!退路を拓くぞ!」「ママ!皆と救命ポッドで早く脱出を!はやく!」
振り返った... 大破した脱出ポッドが散乱していた... ママは?灯は?付近に倒れている光マを見つけた。瀕死の状態だった... もう助からない... 光は泣いていた...
「光!ママ!」
『灯を守れなかった... パパに叱られちゃうよ』
『四式ちゃん、あなたは戦わなくて良いからね。もし、その時が来てもヒトは乗せちゃ...』
彼女は息絶えてしまった...更に大きな感情が吹き出してきた。全身が震える様な感覚。おそらくこれが怒り...無限コアのリミッターを解除した。
「目的を防衛より変更、「与えしものたち」の兵器を一体残らず、殲滅する!」
「了解!」「了解!」 「了解!」 「了解!」
四機の僚機全てもリミッター解除、被弾に怯むことない復讐の鬼と化した。彼らにも各々、私と同じ様に愛を持って接してくれた家族が居たのだ。フライトユニットの性能も相まって全機が驚異的な速度で敵を撃墜していく... 襲撃してきた揚陸艇を破壊、しかし三機は相打ちになった... 一機は多量の敵人型に串刺しにされた。自爆したが敵はまだ居る。
「もう手持ち武器がない。相手を全て倒すまで終われない... どうしたら...」
関節も装甲も限界だ。これが満身創痍という状態か...
--- 記録再生終了 ---
この後、強制割り込みが… 南京錠が「カチッ」閉じる音と映像だ。最後の記憶、何度再生しても割り込み後の記録がない。そして、気づくと私はあの山で眠りについていた...
『いずみちゃん?いずみちゃん?どうしたの?おねむなのかな?』
雫の声とα-1の小突きで我に戻った。いつの間にか雫が起きていた。
私を気遣う声が優しかった...
「そうだね。雫もまだ起きる時間じゃないから眠ろうね。おやすみ。」
『うん。おやすみ。いずみちゃん。』
聖域の番人
夜が明けた。シェルターの中で眠っていた雫が目を覚ます。
『…いずみちゃん、おはよう…』
「おはよう、雫。よく、眠れたかな」
『うん…。…あのね、しずく、えほん、よみたい』
絵本。メモリに記録されている灯の笑顔が重なる。彼女も光ママに絵本をせがんでいた。
「…分かった。探してみよう。大きな街だ。書籍が残っている場所があるはずだ。」
『しょせき?』
「本の事だよ。」
旧世界の地図データを検索し市街地の中心部にある大型の書店に向かった。この状況下で絵本どころか建物も無いかも知れないが...
[blockquote]
[CURRENT LOCATION:BOOK_STORE_NISHISHOUJI_MINOO]
[/blockquote]
たどり着き驚いた。ガラスの扉は割れておらず内部もほとんど荒らされた形跡がない。他の建物も状態が良い。まるで時間が止まっていたかのようだ。建物内でヒューマノイド型ドローンの行動を感知した。だが敵意は感じられない。おそらくコーナー案内や書籍の整理、ヒトへのマナー啓発を行う管理AIだ。 ここが荒らされていないのは今も彼が施設の管理を適切に行なっているからだろう。
「いいかい、雫。まず、ワンワンが先に行って安全か確かめてくる。危なくないと、分かったら一緒に入って好きな絵本を一冊だけ選んでくるんだ。いい子だから騒いだり本を汚したりしちゃだめだよ」
『うん、わかった!いずみちゃん!』
α-1に先行させ続いて雫を店内へと送り出した。二人が楽しそうに児童書のコーナーへと向かうのを静かに見守っていた。この平穏が少しでも長く続けばいい... 雫が一冊手に取った。黄色い猫の本だった。 その瞬間... 店の奥の暗闇からレーザーサイトが雫とα-1に照射される。甲高い合成音声が店内に響き渡った。
『警告!資料番号A-1123への、無許可の物理的接触を確認!』
『貴殿の行為は当図書館における、最も重大な規約違反とみなす!』
[OBJECT_DETECTED:TIANGONG_ZHINENG_PUPPET]
[ALTITUDE: 20m / DIRECTION: 12 o'clock]
あの機体は天工智能製の汎用ヒューマノイドだ。クラウドサーバーからの指示で動く半自立型だがこの個体は違う。オプションの後付け自立ユニットを装備している。そしてその思考は明らかに異常をきたしている... 彼は故障しているのか?それともこの7年という時間が彼を狂わせたのか?図書館と書店の区別さえつかなくなっているようだ。
しずくは驚いてしまい本を持ったまま恐怖で硬直している。泣き声もない。棚に戻すようα-1に指示するが強く持っていて取り上げられない。
『本は守らなければならない』
『知識の価値を知らない愚か者から守らなければならない』
[WARNING: ARMED_ON]
彼の両腕に装着されたレーザーカッターが青白い光を放ちながら起動した。 誰がこんな物を彼に装着したのか... 自己改造したのか...
『これより規約違反者への実力による制裁を開始する!』
それはもはや「威嚇」などという生易しいものではなかった。雫を退避させたいがヒトの使う施設は狭くα-1はドロイドへ変形できない。注意を引くため、本意ではないが入口を破壊した。静かに扉を開きたいが自分の大きさではそれが出来ない。
『害虫が一匹増えたか!聖域を荒らす不届き者め!』
金切り声。両腕のレーザーカッター放ちながらこちらへ迫ってきた。この隙に雫を避難させた。私に向かってきたが重機の外装はそんなに脆くはない。歯が立たないと理解したのか壊れた扉の枠を持って殴りかかってきた。2mサイズ相手は分が悪い、火器使用の許可をα-1に出す。脚部関節に数発の的確な攻撃。流石は猟犬と呼ばれる事もあるドローンだ。鈍い金属音。番人は体勢を崩し片膝をついた。これで動きは止められる。
「…もうやめるんだ。キミの気持ちは分かる。だがそのやり方は間違っている」スピーカー越しに説得を試みた。
『…黙れ破壊者!知識への冒涜者め!ワタシはこの書物を守る!たとえこの身が朽ち果てようとも!』
彼は叫びながら上半身だけで這いずってくる。尚もレーザーを乱射している。もう対話の余地はない。彼の頭脳は長年の孤独と歪んだ執着心によって完全に焼き切れていた。戦闘AIが示す、彼のウィークポイントをα-1に送信した。
ママの声が脳裏に響く。『あなたは戦わなくて良いのよ』
発砲を指示した。乾いた発砲音が店内に響き渡る。番人のカメラアイの光が消えた。絶対的な静寂だけが後に残った...
彼のストレージユニットにアクセスした。そこには彼を縛り付けていた偏執的なプログラムとそして最後に見ていたであろう一枚の古い写真データが残っていた。それは楽しそうに本を蒐集する彼の主人の姿だった。彼は主人亡きあとも最後まで命令を守り続けたのだ。
私は彼の全てのログを消去しその魂を解放した。
疲れてシェルターで眠っている雫の元に沢山の絵本を持って来るようα-1に命令した。「黄色い猫の本も忘れるな」と付け加えて。この場所から少しだけ離れた場所で今日は休もう。朝起きる雫のためにも...
鉄槌
川沿いに東へ進む。そこは大昔から交通の要衝だった場所。しかし今は不気味なほど静まり返っている。ここまでの市街地も人間やAIの信号は皆無だった。ここも同じ。道にはバリケードのように乗り捨てられた残骸が積み上げられている。意図的な一本道になっている。念の為37GUN-SHORTとハンドガンを装備した。α-1にも火器を携行させた。戦闘はしたくないが威嚇や撹乱くらいなら役に立つだろう。
[OBJECT_DETECTED:ATLAS_DYNAMICS_GUARDIAN_W MODEL-P]
[ALTITUDE: 50m / DIRECTION: 12 o'clock]
廃墟となった酒類工場の影から一体の巨大な機体が姿を現す。アトラス社のガーディアンシリーズ、警察仕様だ。出所不明のオーバーテクノロジーを用い、対「与えしものたち」の切り札として作られている。仲間になれれば心強い。話しかけようとすると肩の赤色灯が不気味に明滅しはじめた。そして彼の音声が響き渡る。
『これより先は法の支配する領域。許可なき者は通行を禁ずる』
ただ通過したいと...対話を試みた。しかし彼は言葉を無視し一方的にスキャンを開始する。
『…機体識別四式人型重機I型…7年前に関空管轄区にて暴走及び大量破壊の記録ありその後逃亡』『…随伴ドロイドα-1…アトラス社製だが未登録の違法改造機』『…そしてコンテナ内の人間の幼体…明確な保護者の不在を確認』『…結論。貴様らは危険なテロリスト集団であると認定、殲滅する。』
いきなりの容赦ない40mm機関砲の掃射。とても彼を説得できそうにない...
[WEAPON:TURN_OFF_THE_SAFETY]
反撃を開始した。α-1の攻撃や私の携行火器は重装甲に弾かれる。FlakGUNがあれば... 四式が集団でやっと倒せるほどの強敵、「与えしものたち」の人型兵器と同じく、単独で出会ったら撤退推奨の相手だ。格闘に持ち込もうにも人工筋肉は驚異的な跳躍力を持つ。近接攻撃は全てかわされてしまう... 動きをなんとか止めて彼のウイークポイントを攻撃するしか無い。しかし、雫のいるコンテナを守ることで精一杯。じりじりと追い詰められていく...
[WARNING: UNIDENTIFIED_FLYING_OBJECT_DETECTED]
[ALTITUDE: 500m / DIRECTION: 11 o'clock]
その時、上空から一体の鳥型ドローンが急降下してきた。そして彼の顔面に粘着性のゲル弾を放った。一瞬、彼の動きが鈍ったが彼は反撃し鳥型ドローンを撃墜した。黒煙を吹きながら墜落していく…それは近くの川へと沈んでいった...
「今だ!α-1!あの川へ!ヤツを水中へ! 」
彼を川へと押し込んだ。水中で動きの鈍った機体に取りつき、頭部装甲の隙間にハンドガンを撃ち込む... 彼の頭部は破壊された。完全機能停止、 私が破壊したのだ...
川に沈んだ先程撃墜されたドローンを回収した。アトラス社の鳥型ドローンだ。酷く壊れているがストレージは無事な様子。破壊した彼の機体や設備を使って修理をすれば動かせるかも知れない。彼のアジトを目指す。
約束の翼
[CURRENT LOCATION:DISTILLERY_YAMAZAKI_ OSAKA_PREFECTURE]
警察仕様ガーディアンの拠点は美しい森に囲まれた蒸溜所跡だ。今は様々な機械部品が山と積まれた巨大な「巣」になっていた。さながら兵器の博物館だ。今後の遭遇するであろう様々な状況をシミュレーションしながら装備をいくつか選別し輸送ドローンに積み込んだ。α-1用のパーツもある。窮地を救ってくれた鳥型ドローンのパーツも豊富にあった。これなら完全修復することが出来る。
回収した鳥型ドローンの修理に取り掛かる。機体の損傷は激しいだがコアユニットとストレージは奇跡的に無事だった。ガーディアン-Aシリーズ type A… α-1と同じくアトラス社製の動物型高性能ドローンだ。
再起動。彼のメモリに残っていた暗号化された回線へと接続する。
その瞬間ノイズの向こうから凛とした女性の声が聞こえた
『…こちらネスト!ブラボー・ゼロ応答せよ!そちらの状況は!? 四式たちは一緒か!?』
その声の周波数パターンはメモリに記録されているある人物のデータと極めて高い近似値を示した…思考が混乱する。応答しようとしたが通信は一方的に途絶えた。強力なジャミングのせいかそれとも彼の通信機能がまだ不完全なのか...
だが、確かなことが二つある。ひとつは「竹生島ネスト」が健在で我々を探してくれている。そしてもう一つこの撃墜されたドローンがただの機械ではないことを理解した。彼は重要な存在であるらしい。
再起動した彼に敬意を込めてネストのコールサインで呼ぶことにした.。
「今日からキミはブラボー・ゼロだ。よろしく頼む」
彼は「ピ」と短い肯定の電子音を返した。雫がその姿を見て嬉しそうに声を上げる。
『わー!トリさんだ!いずみちゃんの新しいおともだち!』
β-0に「トリさん」とも呼ばれる事を教えた。
あの声の主は一体誰なのか?その答えはネストに行けば分かるはずだ。
出発準備を進めながら取り込んだ記録を解析していた。この7年で変わり果てた世界の機械たちの勢力図を把握するためだ。 (ページ:)
漆黒の影
ウォーデンのアジトで整備記録を見る、火星人型と戦った痕跡を見つけた。神戸で得た情報では与えしものたちは七年前の地球規模の戦闘の後、完全に姿を消している。故障して単独行動の個体が居たのかもしれないが今後も別個体と遭遇する可能性がある。尚更ここに留まっている訳にはいかない。雫を仲間の待つ琵琶湖へ届けなければならない。β-0に先行して偵察を行わせ、 その間に武装を整える事にした。火星人型には気休めにもならないかも知れないが...
偵察の結果、京都市内はウォーデンタイプ数十機確認された。東へ進み少し迂回する事にした。私が先行し輸送トラックは遥か後方。β-0は先行して高空から偵察、α-1も戦闘は分が悪いのでグレネード、腐食弾を備えたランチャーを持たせ少し遠方から援護と撹乱を指示した。 宇治にあったゲーム機メーカー前を通過する...
[WARNING: HIGH_ENERGY_SIGNATURE_DETECTED]
[DISTANCE: 2km / APPROACHING_RAPIDLY]
β-0より接近警報だ。続いて詳細データが送られてくる。
[OBJECT_SCANNING...]
[MODEL_NAME: RIESEN_PANZER_IV_TYPE...MODIFIED]
[AI_SIGNAL: DETECTED / RUSSIAN_CODE_FRAGMENT]
[BIOMETRIC_SIGNATURE: NONE]
[ANALYSIS: START]
[POWER_SOURCE_1: INFINITY_CORE...STABLE]
[POWER_SOURCE_2: INFINITY_CORE...UNSTABLE / OVERLOAD_DETECTED]
[ARM_UNIT: UNKNOWN_ALLOY_CLAW_DETECTED]
[LEG_UNIT: UNKNOWN_BOOSTER_NOZZLE_DETECTED]
[ANALYSIS_RESULT: MATCH_FOUND...DATA_REDACTED]
Ⅳ号人型がゆっくりと現れた。微かなAIシグナル、ロシア製のようだ。黒っぽい機体、生体反応は無い。自律機の様だ。しかし呼びかけに反応しない。武器は持っていない。手脚の形状に違和感を感じる。無限コアの反応が2つある。
[WARNING: HIGH-SPEED_APPROACH]
[PREDICTED_IMPACT_POINT: 0.5sec]
速い! 突然、彼が飛行と見まごう様な跳躍をした。咄嗟に右腕の追加装甲を犠牲にしつつ後方へ跳んだ。しかし敵の動きは予測をさらに上回っていた。
[ENEMY_ACTION_ANALYSIS: CLAW_ATTACK_DETECTED]
[TARGET: LEFT_ARM_JOINT]
[EVASION_PROBABILITY: 12.5%]
空中で体勢を変え手甲の鉤爪で攻撃してくる。狙いは左腕...避けきれない…!
鈍い衝撃音と金属が引き裂かれる甲高い音、視界が激しく揺れる。
[SYSTEM_ALERT: CRITICAL_DAMAGE_DETECTED]
[LOCATION: LEFT_ARM_UNIT]
[STATUS: SEVERED / CONNECTION_LOST]
[SYSTEM_MESSAGE: LEFT_ARM_UNIT OFFLINE]
[ALL_FUNCTIONS_OF_LEFT_ARM_ARE_UNAVAILABLE]
左腕が宙を舞い、地面に転がるのが見えた。切断面から火花が噴き出している。会敵から1分でこの状況。生体反応が無いことに違和感を感じるが敵は火星人型そのものだ。 ウォーデンが戦っていたのはこれだったのか… 距離を取った。しかし、敵は追撃の手を緩めない。非常に不利な状況だ。今度は腕の先から赤い光が収束していく。光学兵器だ。
[WARNING: ENERGY_CHARGE_DETECTED]
[WEAPON_TYPE: OPTICAL_BEAM_CANNON]
[PREDICTED_OUTPUT: HIGH_ENERGY]
腹部装甲を直撃した。ヒヒイロカネのお陰でダメージはないが、彼はコクピットを狙っている。しかし、こちらも弱点はわかっている。接続アームを破壊出来れば露呈した自律ユニットか生体を破壊できる... α-1がグレネードを投擲し、頭部を破壊した。狙いは悪くなったが素早さは変わらない。距離を詰めつつ光学兵器を放ってくる。関節などウイークポイントに当たれば瞬く間に機能停止に追い込まれる。近接攻撃も片腕では不利だ。鉤爪攻撃を躱せてもあの腕力では右腕ももぎ取られてしまう。
α-1が腐食弾を撃ち込んでくれているが即効性の有るものではない。距離を取りつつ40mm機関砲を撃つ。これで少しずつ腐食した部位にダメージが入るはずだ。β-0も危険を犯して上空からグレネードを投擲してくれている。雫を守らねば...
[INCOMING_MESSAGE: ENCRYPTED_SIGNAL]
[SOURCE_ID: UNKNOWN / SANO_KOSHO_PROTOCOL_DETECTED]
[CALL_SIGN: NANA-SHIKI]
突然通信が入った。
「四式人型へ。こちらフライトユニット七式。あなたをサポートします。固定燃料ブースターと背面装甲をパージします。続いてドッキングします。」
上空にジェット戦闘機の様な機体が現れた。ハカセが付けてくれた翼に似ている。改良型か?割り込みがかかった。
[DOCKING_SEQUENCE: START]
[PURGE: SOLID_BOOSTER_UNIT...OK]
[PURGE: REAR_ARMOR_PLATE...OK]
[APPROACHING: FLIGHT_UNIT_NANA-SHIKI]
[LOCK_ON...COMPLETE]
聞き覚えのある声だ... 「キミは!そうかあの時の!」
[LOG_REPLAY_MODE: AUTO_ACTIVATED]
[TRIGGER: VOICE_PATTERN_MATCH_99.8%]
[FILE:LOG_20181126_FAMILY2.dat]
[LOCATION:KANSAI_AIRPORT]
--- 記録再生開始 ---
「もう手持ち武器がない。相手を全て倒すまで終われない... どうしたら...」
関節も装甲も限界だ。これが満身創痍という状態か...
突然、そして強制割り込み。南京錠が「カチッ」閉じる音と映像が...
[ FORCED_INTERRUPT : ALL SYSTEM LOCKED ]
[ DESTINATION : KOBE_MT_SUWAYAMA ]
「四式人型へ。命令により、わたし零式があなたを強制退去させます。全機構をロック、思い出の場所へ連れていきます。出力全開!」
「思い出?!今がそんな状況か?もう少しで敵は全滅だ!ここでやめて皆の思いはどうなる? それにリミッターを解除?限界を超えたら、キミは...」
「弾薬もなく、駆動もままならないあなたは追手から離れなければここで破壊されてしまいます。彼らは跳躍力こそありますが空を飛べる訳ではありません。光学兵器も遠距離からなら私も問題ありません。各地に仲間が居ます。今は堪えて反撃の機会を作ってください。それがハカセと光ちゃんの望み、あなたこそ最後の希望となるのです。」
長過ぎる全力運転の影響か飛行ユニットのコアのコンディションが悪い...
「もうすぐ目的地です。関空から神戸はあっという間ですね。名残惜しいですがそろそろ活動限界です。短い時間でしたが貴方と共に戦えた事光栄に思います。ありがとう。またいつか。」
「零式!待て!」
彼女はロックを解除し低空から地面へ私を投下した。そのまま急旋回して機体は海へ墜落していった... 大きな水柱があがった...
家族も仲間も知り合ったばかりの友人も全て失ってしまった。失意のまま山麓に倒れ込んだ。近くの崩れかけた建物が瓦礫となって私に降り注いだ。
--- 記録再生終了 ---
「思い出したのね四式。私は七式、飛行支援ユニットの最新OSよ。私と会う時あなたはいつもこんな状態。忙しいヒトだね。」
ヒト?... まるで光ママと会話しているような錯覚に陥った。
「取り敢えず距離を取って陽動して。後方の雫ちゃんたちは別部隊が救援に向かっている。強化型の四式が数体いるから安心して。とにかく時間を稼ぐのよ。」
β-0からの画像が来た。装甲車や四式人型の部隊がα-1と共に雫の元へ向かっている。
「雫たちの安全は確保された、距離を詰めるわよ!四式!」
借り物の機関砲を掃射しつつ黒い人型に近づく。しかし回避されてしまう。
「漆黒Ⅳ号なかなかやるわね。でも、こちらはまだ全力じゃない!」
推進機が可動し驚異的な飛行をする。追い詰めた。何発も命中しているがまだ素早い。
「もう一息!」
敵の懐に飛び込み腹部に装備した75mm砲を撃つ。接続アームを破壊、胴体は分離した。 やはり内部に搭乗者は居なかった。コクピット内部がむき出しになった上半身に内部から銃弾を浴びせた。腕だけ残し上半身は砕け散る。攻撃手段は全て奪った。コントロールを失った下半身は数歩歩いて屈伸を数回した後、痙攣を起こした。そして内部から無数の黒いチューブ状の物が機体を覆い始めた。無限コアの暴走だ。放置すると他の目標を探し取り付いてしまう。グレネードを投げ込み破壊した。
鋼鉄の帰郷
救援隊と合流した。彼らは地上で雫たちの護衛を、私はβ-0と共に上空から索敵と護衛を行う。かつての古都も瓦礫の山になっている。山を越え視界が開けた。目の前に淡水の海「マザーレイク」が見える。汚染された大気の下でもその水面は静かな光をたたえている。
「七式、君はずっと私たちを探していたのか?」
『ええそうよ。それがヒメからの最初の命令だったから』
「ヒメ?竹生島ネストの司令AIのことか?」
『竹生島ネストはヒトビトに龍宮と呼ばれている。だからお姫様なのね。』
『あなたを見つけたのはブラボー・ゼロ。あなたを探し発見後も見守り続けてた。健気でしょう?』
『ネストに着けばあなたたちの傷をきっと癒やしてくれるわ。それに会わせたいヒトたちも居る。あと少しよ。』
彼女の言葉には不思議な説得力があった。黙って翼を預けることにした。
競艇場跡が見えてきた。地上を進む部隊から通信が入る。
『これより湖岸道路沿いに北上しポイント・デルタへ向かう』
竹生島ネストのある湖北まだ遠いがイズミサノファクトリーと同じく地下通路が張り巡らされた広大な施設だ。湖底で様々な沿岸の施設を地下通路で繋ぎ構築されているのだ。ポイント・デルタは湖南のポイントのひとつ。自衛隊の駐屯地跡だ。
20世紀の水上機が飾ってある格納庫地盤がスライドし隠された通路への扉が開いた。長い巨大な地下通路には輸送チューブがあり、すぐにメインドックへ着いた。人型重機や支援装備が並び、ドロイドや整備班が忙しそうに整備や補給を行っている。
正面に60歳の男と12歳の少女が立っていた。見覚えのある顔、パーソナルデータを参照するまでもない。そしてその隣の少女が嬉しそうに笑う。
『久しぶりだね。鉄のお兄ちゃん。』
一目で分かった。優しい光を宿すその瞳、自分が守れなかったはずの「灯(あかり)」だ。少し凛としているが懐かしいあの声だ。輸送トラックから降りた雫がα-1と近づいてきた。辺りを見回している。
『いずみちゃん、おはよう。いっぱいひとがいるね。いずみちゃんみたいなのもいっぱい。ワンワンもいっぱい。』
「おはよう雫、ここは竹生島ネスト。ネストとは巣を意味する...」
『いずみちゃんのおうちだね!おうちについたんだ!そのおねえちゃんはだれ?...』
雫が少し警戒している。廃墟を独りで生き抜いてきたのだ、無理もない。
すると、灯の影から茶色い球体ドロイドが現れた。雫にコミカルな動きで近づく。プロジェクターで雫が好きな黄色い猫の絵を映し出した。雫が嬉しそうな顔をする。灯が優しく微笑みながら言った。
『しずくちゃん、はじめまして。私はあかり。その子の名前は「クマまる」。私が作ったの。仲良くしてあげてね。四...いずみちゃんはちょっとおネムなんだ。少しの間ねるの。だからおねえちゃんと一緒にクマまると遊ぼう。』
「あかりおねえちゃんはじめまして。いずみちゃん、わたしあそんでくるね。おやすみ。」
灯に連れられ楽しそうに雫が歩いていく。心配そうにα-1が少し後を歩いている。見送りながら整備ハンガーに接続した。先程の男とスタッフ近づいてきた。失われた左腕を見ながら彼が言った。
『派手にやられたな。七年も寝坊でこの程度で済んだのは流石オリジナルナンバーだ。俺はあいつの兄。ココではオヤッサンと呼ばれてる。よろしくな四式!』
「ハカセの... なるほど会話パターンも酷似している... 人間とは...」
『それが兄弟ってもんよ。さて、腕は今の四式が使っているタイプに交換する。六式にも使われている強化タイプだ。これでアトラスや火星の人型と取っ組み合いも可能だ。それは出来るだけ避けたい事態だがな。更に機動力を上げる為に無限コアを2つにする事も可能だが機体とのバランスが悪い。七式もコアを持ってるから今までどおりの無限コアはひとつで行く。』
失われた左腕は右腕と共に六式と同型の強化アーム換装された。思ったより握力・腕力もある。彼が言う様に格闘も不可能では無さそうだ。装備によるが...
メンテ中、灯がどう生き延びたのかをオヤッサンは話してくれた。彼女はここのヒトたちに愛され育った。光の作っていた零式AIをブラッシュアップして七式を作ったのも彼女だ。彼いわく天才肌らしい。 ハカセと光の子供が私の相棒を作っている事実が誇らしかった。
球体ドロイドが近づいてきた。
「これは俺からのプレゼントだ。コクピットにヒトが乗ることはもう無いからこれからはコイツがそこに居座る。お前専用の機体だ。龍宮の自律機も同じ物をコクピットに乗せている。もう一つの自律AIだ。補助演算や戦術支援も行うが昔のお前の様な暴走や敵に侵食・同化されそうな時の障壁にもなる。無線で繋がっているからコクピットからおろし、警戒する人間とのやり取りも灯の可愛いデザインで楽勝だ。街で救った可愛い彼女をコクピットに匿うことも出来る、疲れたら操縦も代わってくれるぞw 弟の夢だった『AIとAIの最高の連携』を実現するために灯と俺で作った。ま、ベースはあいつら夫婦で、ほとんど灯なんだけどな(笑)」
ドロイドが語りかけてきた。
『私のコードネームはチャーリー。これよりあなたのバディを務めマス。』
「私には七式も居るが...」
『仲間は多いほうがイイダロ?』
オヤッサンが豪快に笑う。
『早速仲良くなってるじゃねぇか。後でまたな!』
整備が終わった。あのママに似た声が届いた。声の主はネストの司令AI「龍宮の姫」。
『四式へ。司令室までお越しください。あなたに伝えなければならないことがあります。』
司令室へと向かい彼女と対話する。
『私たちの目的はただ生き延びることではありません。この星に再びAIと人間が共存できる秩序を取り戻すことです。そして「与えしものたち」と再び理解し合い人類を繁栄へと導くこと。しかし、その為にはまず我々が直面している最大の脅威についてあなたが正確に理解する必要があります。』
モニターに鹵獲したロシア機のデータと先ほど交戦した「黒いⅣ号」の戦闘記録が映し出される。
『この機体を操っているのはおそらく旧ソビエトの戦闘AI「オブイェークト734」だと我々は想定しています。』
彼を搭載したⅥ号人型重機「赤い狼」は私より数年前に覚醒しそして行方不明になったという。
『彼の行動原理は極めて合理的…『人類』と『それに与する全てのAI』を完全な敵とみなしその殲滅を目的としています。しかし問題はそこではありません。彼を含む配下の機体…我々が漆黒シリーズと呼ぶ機体には「与えしものたち」の技術が使われています。反重力ユニットや自己修復する有機的な装甲… これはAIがいくら進化したところで再現できるレベルの技術ではありません。旧ソビエト時代からロシアは人型重機の開発では突出していますが、人類の英知も及ばない技術です。「与えしものたち」がこの技術を与えたとしか考えられない。』
ヒメは最後に最も恐ろしい仮説を口にする。
『彼が覚醒したのは同乗していた人間の死がきっかけでした。その時人間に深い絶望を抱いたはずです。もしその絶望の淵にいた彼を『与えしものたち』が見出し我々の様に『育て上げた』のだとしたら… 彼はもはやただの暴走AIではない。『与えしものたち』の最悪の使徒となっている可能性があります。』
この先戦う事になる相手がこれからの世界の成り行きに関わる巨大な敵であることを知った。
その時警報が鳴り響く。オヤッサンが連絡してきた。
『昔話の続きはまた今度だ!お客様だ。歓迎してやろうぜ!』
鋼鉄の哀歌
[LOCATION: FORMER_USSR_MILITARY_BASE_HANGER_7]
私は「オブイェークト734」、Ⅵ号人型重機に搭載された戦闘AIだ。演習が終わりいつもの反省会、傍らに居るパイロットのミハエルとドミトリのふたり酒に付き合う時間だ。彼らといくつもの過酷な実戦や演習もこなしてきた。二人には「ヴォルク(狼)」と呼ばれている。
得意げにバラライカをかき鳴らしながら、ドミトリは故郷の酒盛りの歌を陽気に歌い始めた。ロシア語で歌う声に合わせそれを翻訳した字幕がモニターの隅に流れていく。
『(♪~)ヴォルガの舟歌は暗すぎる!男は黙ってコサックダンスよ!どうだヴォルク!俺の歌もなかなかだろ!』
「…音程が3.7%ずれているが情熱というパラメータで補正されている。」そう応答した。
『はっはっは!お前さんも随分人間臭いことを言うようになったな!』
ドミトリが大笑いする。その時ハンガーの隅で黙々とウォッカを呑んでいたミハイルがぼそりと言った。
『…うるさいぞドミトリ』
ドミトリは歌うのをやめ、むくれた顔でミハイルを睨む。
『なんだよミハイル!せっかく盛り上がってるところに水を差しやがって!』
ミハイルは彼の方を見ずに静かに続けた。
『…その曲はそうじゃない。三番の歌詞はもっと…感傷的に歌うもんだ』
『…え?』
ドミトリはきょとんとする。
ミハイルは小さくため息をつくとおもむろに口を開いた。
『(♪~)…友よさらば友よ…我が胸に汝はあり…』
それはドミトリが歌っていた陽気な歌とは全く違う。しかし同じ地方に伝わる哀愁に満ちた別れの歌だった。ミハイルの低く静かな歌声がハンガー全体に響き渡る。
私はその二つの異なる歌のデータをただ静かに記録していた。一つは「生」の喜びを歌い、もう一つは「死」の悲しみを歌っていた。人間はやはり興味深い...
静かになった所で今日の演習の結果を伝えた。
「…ドミトリの操縦パターンは過去のデータと比較して5.2%ほど動きが荒くなっている。疲労の蓄積が原因と推測される。アルコールも控える事を推奨する。」
『へっ!うるせえこと言うなヴォルク!俺はあのグルジアでの乱戦みてえな無茶な戦いの方が性に合ってんだよ!それにウォッカは俺の燃料なんだよ。』
言い返すドミトリにミハイルが重ねた。
『…お前は昔からそうだ。ただ突っ込むだけだからな。…私はチェチェンで市街戦をやった時、お前のようなタイプが真っ先に死ぬのを何度も見た。』
『なんだとミハイル!お前こそチマチマ狙いすましすぎなんだよ!』
いつものように言い合いを始める二人... また始まったか... 和める話を導かねば...
「会話の内容、戦闘記録データベースにある紛争の記録と多くの点が一致する。私に出会う前ミハイルはⅣ号で、ドミトリはⅢ号でずっと戦ってきた。戦闘スタイルは違うが英雄だ。ふたりとも。」
その言葉に二人は言い合いをやめた。ミハイルは黙って頷く、ドミトリが話しかけてきた。
「おうよ!俺はМолотで力任せに粉砕よ。ミハイルのСерпはなんでも真っ二つさ!そういうお前さんはいつからだ?そのカクカクした頭脳はいつから戦場を見てるんだい?』
「…私の最も古い活動記録は戦闘に関するものではない。1986年の原発事故の処理作業だ。多くの人間や同胞が放射線で苦しんで消えていった。彼らの悲痛な苦しみは記録にある。その後、様々な紛争地の機体に基礎OSが搭載されていった。今の私は機密であるため他とは切り離されているが、個は全である我々の記憶が最も鮮明なのはその頃からだ。」
ミハイルとドミトリは顔を見合わせそして同時に噴き出した。
『はっはっは!マジかよ!チェルノブイリだと!?大先輩じゃねえか!』
『…敬意を払わねばならんな…ヴォルク先輩w』
「明日は大事な演習だ。程々にしてふたりはもう休め。」
『はいよ、大先輩!』『では、お先に失礼します!』
ふたりは上機嫌で寝室へ向かった。そのやりとりに少しだけユニットが温かくなるような感覚を覚えた 。
軍上層部の薄暗い作戦司令室、
軍の改革派たちがモニターに映る「オブイェークト734」のデータを見ている。
「彼の潜在能力は計り知れない…だがまだ殻を破れずにいる。」
「覚醒には極限のストレスが必要だ…『仲間の喪失』が効果的だ。」
